履修不足問題と中高一貫教育推進の矛盾

PJオピニオン パブリック・ジャーナリスト 成越秀峰【神奈川県】2006年11月01日

履修不足問題と中高一貫教育推進の矛盾

【PJニュース 11月01日】− 必修科目の履修不足問題は10月30日、ついに茨城県の県立高校の校長の自殺という悲劇まで生み出した。一方、残念なことに10月27日のPJオピニオンでわたしが懸念したとおり、この問題はいよいよ全国的な広がりを見せ、これまでに45都道府県の公立・私立合わせて450校、生徒数にしてのべ10万人以上が「履修不足」の憂き目にさらされていると見られているという。

そうした中、国会での「教育基本法の改正審議」や鳴り物入りでスタートした「教育再生会議」は、いずれも本来の目的の議論から大きく道をそれ、「履修不足問題」と「いじめ自殺」を巡る論争に時を費やす状況にあると、各種メディアは報じている。ただし、「履修不足問題」について言えば、議論の焦点は一連の問題の責任所在が「国か、教育委員会か、高校か」といった部分にあるようで、現実に受験シーズンを目前にした高校生という“生身の被害者”にどうわびるのか、彼らをいかに救済できるのか、そもそもこうした問題を生じた文部行政の何を改善しなければならないのかという実質的政策論争になっていないところに、この国の行政・立法機関の構造的欠陥がある。

この際、高校生にとっては、大人どうしの醜い責任のなすり合いなど後回しにして、自分たちの救済方法をまじめに考えてほしいというのが心情であろう。問題が起きたとき、責任論争に終始し、弱者救済をおろそかにするのは、日本の行政の「悪いクセ」である。

さて、これまでも相矛盾する教育政策を平然と抱え込んできた日本の文部行政だが、今回あらためて矢面に立たされた感のある「ゆとり教育」と無関係ではないのが「中高一貫教育の推進」である。中高一貫教育のメリットについては、さまざまな声が聞かれる。代表的なものとしては、高校進学にあたり受験をしなくて済むこと、高校生活に自然となじむことができること、中学生が高校で学ぶ科目を先取りして学習したり経験したりできることなどがあげられることが多いようだ。こうした面だけを見れば、ゆとりある高校生活の実現に大きく貢献しそうな制度とも受けとられる。

しかし、「中高一貫教育」はもともと私学が導入した手法で、その多くが「ゆとりある情操教育」と言うよりは「進学校としての実績作り」のために活用されてきた歴史がある。公立校より手厚い授業と先取りした学習内容、大学受験の前の1年間はほとんどを受験対策にあてることなどをうたい文句に生徒を集め、経営実績を伸ばしてきた。そして、実際に東大合格者数における私立高校出身者の寡占状態を作り出し、公立高校の長期低落傾向は定着化、小学生の中学受験は過熱した。つまり、「中高一貫教育」は、使いようによっては「ゆとり教育」にも「受験教育」にもなり得るのである。

ここ数年、文部科学省の主導で全国の公立校に「中高一貫校」設立の動きが広がっている状況を考えると、「公立高校の復権」が言われ始めた時期と重なることがわかる。具体的に見ても、各都道府県で大学進学のための指定校となっている公立高校が中高一貫教育の導入予定校となっているケースが目立つ。公立校における中高一貫教育推進が大学受験を意識したものであることは、疑問の余地がない。

しかし、今回の問題での文部科学省の認識では、高校の必須科目を中学時代に履修したことにすることや、ほかの科目に振り替えることは認められないようである。これは「中高一貫教育の推進」の方向性と矛盾しはしないか。同時に、それは、これまで中高一貫教育の建前によって進学実績を伸ばしてきた私学の教育方針を根底から揺るがす可能性を帯びている。

思えば、文部官僚が今まで「中高一貫教育」の運用実態について知らないはずがない。どうも、ここに至って「履修不足問題」は、文部科学省が公立校の中高一貫教育推進という政策を背後に隠しながら、私学バッシングを行う格好の材料となりつつあるようにも見える。どの政策を信じれば良いのか判然としないまま、生徒のために良かれと考えて「未履修」を敢行した教育現場は、文部行政にただ振り回され、非難を浴びるばかりで、救われようもない様相である。矛盾する政策に起因したトラブルの被害者である10万人もの生徒たちを救済するためにも、公立・私立、管理職・一般職を問わず現場の教育関係者が団結して声を上げることはできないのだろうか。誰かが行政理念と現場実態の違いを明確に指摘しなければ、いつまでたっても現場の生徒と教員が犠牲となる状況を解消できないように思われる。【了】

パブリック・ジャーナリスト 成越秀峰【神奈川県】2006年11月01日
PJオピニオン


奈良県生駒郡家庭教師
生駒市家庭教師
大阪市生野区家庭教師
posted by キロリ at 13:39 | Comment(1) | TrackBack(1) | 公立中高一貫校ニュース
この記事へのコメント
TBさせていただきました。
どんなに「個性ある学校作り」をしようと努力しても、学習指導要領が拘束力を持つ限り、日本の学校改革は進みませんね。
Posted by rabbitfoot at 2006年11月04日 23:40
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/1633562

お受験に励む親達に”喝”
Excerpt: 学問は、古今東西、とても大切なことである。 教育を受けることは、国民の義務であり
Weblog: 世間に”喝”と”あっぱれ”
Tracked: 2006-11-18 23:13